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炎環の俳句

2023年度 炎環四賞

第二十七回「炎環エッセイ賞」受賞作(テーマ「字」)

「どうする? 雪女」

波田野 雪女

「そんなにモジモジしないでこちらへどうぞ」
「はい。私、モジを書いていますので……」
「うまい! 座布団一枚」

大きなオフィスが笑いにゆれた。新宿のKホテル、宴会部入社一日目のことであった。

シニアサポーター、週二の勤務とは言え、大筆、小筆、文字の大小を書き続け、それから三十年! よく続いたものである。

弟が六人いて、七福と言われて育った。

その長男は「いい加減、老害をふりまかないで」とのたまい、三男は「いや、一度の人生だよ、記録を残したら?」と言う。

どちらも一理あり。正解の出ないまま「生涯現役」という目標を掲げつづけ、生来、怠け者の自分を奮い立たせつつ、モジモジの続きを貫き通して来た。

途中、一番の理解者であった夫を見送り、三人の子育ても一段落、少しの精進も致し、大過なくここ迄来たのはラッキーであった。

Kホテルとは方角がよかったので、上司、同僚すべての人に恵まれ続けた。四階ロビーの金屏風の揮毫も、小さな名札も、クレーム無しでご要望に応えることが出来た。

又、Kホテルでは「炎環」の二十周年、三十周年の記念大会も開催させて戴いた。

当日は広い式典会場いっぱい、式次第や卓上表示などなど、私の文字のオンパレードとなり、ボーイさんもビックリ。

「人生意気に感ず」の一幕であった。

年末には社長から社長への巻紙数本の依頼、これが書き直しが効かず、むずかしい。

去年のコピーを持って現われた秘書に聞く。
「今年の出来は?」
「勿論、今年の方が上々よ」
単純に安堵。ゴキゲンで新年を迎えていた。

元旦には必ず出社、帰り、明治神宮へ敬虔(けいけん)あらたかな初詣。これも三十年続いた。

今や、秘書の方達とも親密になり、「ラーメン会」と名付け、宵の新宿を食べ歩いた。妙齢の娘さんに囲まれ嬉し恥かし、私は娘返りをして、とても幸せなひとときであった。

ところが、四年前より降って湧いた様な「コロナ」の出現! 目に見えぬウイルスで社会は一変。ラーメン会は夢のまた夢、となった。わがなりわいも寺子屋「書道教室」の看板の文字も薄れてしまった。

今、やっとコロナ禍回復の兆しが見え始めたものの、失ったものは大きい。

マスクを外し、世の中を見廻す。

「老害をふり撒かないで」と言った弟は、コロナの厳戒下、会うこと叶わず旅立った。

ラーメン会の美しい秘書の一人は、結婚し、一児の母となった。

「歳月人を待たず」。気が付けば、余りにも歳を重ねた自分が、今、ここに居る。「生涯現役」の四文字がゆらぎ始めた。

「どうする? 雪女」

受賞のことば

ことしの炎環エッセイ賞のテーマは「字」。書をなりわいとする私は、いくら怠け者でも「書かざアなるメエ」との気分に襲われ、身辺のあれこれを綴って見ることになりました。

エッセイには自分を晒け出す面もあり、恥をしのんで最後のアガキです。前代未聞だったコロナ禍、前後の一つの記録がまとまり、ホッとしていた処でした。

思いがけぬ「エッセイ賞受賞」のメールを賜わり、ビックリ!! 酷暑のさ中、熱中症ならぬ「熱中賞」かと、耳を疑いました。

関係者の皆様、ありがとうございました。

天も、地も、日々新しい。「どうする?雪女」は、常に迷いながら信じた道を、風の間に生きて参ります。

感謝をこめて……。