2025年8月
ほむら通信は俳句界における炎環人の活躍をご紹介するコーナーです。
炎環の軸
- 総合誌「俳壇」(本阿弥書店)8月号の特集「俳人それぞれの戦争と平和」における巻頭エッセイを、石寒太主宰が「戦後八十年――戦争と平和を考える」と題して執筆、〈私が生まれたのは、昭和十八年(一九四三)。戦争はほとんど記憶にない。昭和四十四年に楸邨主宰の「寒雷」に参加。十年間「寒雷」の編集に関わって、五十三年「MUMON」(同人誌)を興し、平成元年に「炎環」を創刊。雑誌はあと三年で創刊四十周年を迎える。その私も、もはや傘寿となった。この原稿を書くに当って、楸邨と私の俳句との関わりを検証することが、そのまま戦後八十年をふりかえることになって、大変ありがたいことであった。私の俳句人生の前半の四十年ははからずも楸邨を支える時代であった、といえるし、その後半は主宰誌の発展につながっている。戦後八十年は、天皇が「
現人神 」から人間天皇になったこと、臣民が市民になり、軍事主導主義は非軍事主導にかわったことが特筆されるべきことであろう。同時に軍事主導の戦争の時代が続いていた近代史の反省として、現代史は非軍事の時代が続いてきた。つまるところ「戦後八十年」は、われわれにとって、俳句実作者にとっても「戦争」と「平和」がそのキーワードといっていい。あるいは「軍事」と「非軍事」と置きかえてもいい。われわれ俳人はもう一度、昭和という時代と、その後の背景に目を向けることが大切なことと思う〉と述べています。 - 毎日新聞8月8日のコラム「季語刻々」(坪内稔典氏)が《原爆の日の蟹の穴無数なり 石寒太》を取り上げ、〈明日9日は長崎の原爆の日。季語では「原爆忌」「長崎忌」とも言う。今日の句は干潟の風景だろうか。ボクは広島や長崎のほかに爆撃を受けたウクライナの町や中東のガザなどの風景も連想した〉と鑑賞。句は句集『翔』より。
炎環の炎
- 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)7月号「四季吟詠」
・佐怒賀直美選「佳作」〈暖かや妻の面会孫四人 森山洋之助〉
・鈴木しげを選「佳作」〈山笑ふ図書館からの督促状 奥野元喜〉
・髙橋健文選「佳作」〈蜜蜂の光まみれや草の丈 松本美智子〉
・渡辺誠一郎選「佳作」〈冴返る賞味期限の無き塩も 松橋晴〉 - 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)8月号「四季吟詠」
・二ノ宮一雄選「秀逸」〈亡き人も来てゐるらしき花野かな 本田巖〉
・秋尾敏選「秀逸」〈発光し発泡したり梅の花 本田巖〉
・秋尾敏選「佳作」〈ワーグナーに夜のざわめき春の鹿 松橋晴〉
・上田日差子選「佳作」〈ハンモック四十路男の木曜日 奥野元喜〉
・山本鬼之介選「佳作」〈小綬鶏に呼ばれて行くも姿なし 森山洋之助〉 - 総合誌「俳句界」(文學の森)8月号「投稿欄」
・古賀雪江選「特選」〈転勤の見知らぬ街に花の雨 小野久雄〉=〈転勤をしてきたばかりで、界隈の事はまだ何も知らない。転勤でなく引越しをしたときにもこんな思いを覚えた事だが誰にもあるかも知れない。桜の頃である。花の雨であるが、妙に侘しく落ち着かない。漠然と不安が湧いて来るようなそんな見知らぬ街の花の頃の雨の日であった〉と選評。
・対馬康子選「秀逸」〈転勤の(前掲)小野久雄〉 - 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)8月号「令和俳壇」
・小林貴子選「秀逸」〈春の潮押しのけフェリー接岸す 小野久雄〉
・櫂未知子選「秀逸」〈夜桜やこんなに人がゐて静か 氏家美代子〉 - 新潟日報5月5日「日報読者文芸」
・津川絵理子選〈転送の初蝶動画転送す 鈴木正芳〉=〈初蝶を見た、と送られてきた動画をまた誰かへ転送。動画の中の初蝶があちこち飛び回っているよう〉と選評。 - 新潟日報5月26日「日報読者文芸」
・中原道夫選〈万愚節出自は橋の下と言ふ 鈴木正芳〉
・津川絵理子選〈黄揚羽や古文授業に迷ひ込む 鈴木正芳〉 - 朝日新聞6月8日「朝日俳壇」
・小林貴子選〈薫風や無駄な言葉を取り除く 鈴木正芳〉 - 東京新聞6月8日「東京俳壇」
〈豆ご飯だけはお替り反抗期 谷村康志〉 - 産経新聞6月12日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈釣堀や潰しの効かぬ自営業 谷村康志〉 - 東京新聞6月15日「東京俳壇」
・石田郷子選〈シャンパンの泡見つめ合ふ涼夜かな 谷村康志〉 - 毎日新聞6月16日「毎日俳壇」
・西村和子選〈水音を頼りに歩く蛍狩り 岡良〉 - 読売新聞6月16日「読売俳壇」
・高野ムツオ選〈釣堀や水面に揺れる摩天楼 谷村康志〉 - 新潟日報6月16日「日報読者文芸」
・津川絵理子選〈臍の緒に伝はる祭太鼓かな 鈴木正芳〉 - 日本経済新聞6月21日「俳壇」
・神野紗希選〈ペダル漕ぐ夜勤の母のレースかな 谷村康志〉=〈闇にレースの白をはためかせ、自転車で夜勤へ。働く母の逞しさと繊細さと〉と選評。 - 新潟日報6月23日「日報読者文芸」
・中原道夫選「一席」〈蟻地獄ミニマリストを目指しけり 鈴木正芳〉=〈断捨離を終えたら、次はミニマリスト。不要な物を減らし必要最低限の物で暮らす。蟻地獄がまさにそれ。すり鉢型の住居に家具など何ひとつない、ミニマリストの代表と看破〉と選評。 - 新潟日報6月30日「日報読者文芸」
・中原道夫選〈蚰蜒に絡るる脚のなかりけり 鈴木正芳〉 - 産経新聞7月3日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈放浪の車中泊まりや河鹿笛 谷村康志〉 - 産経新聞7月10日「産経俳壇」
・宮坂静生選〈夏痩や竿売り過ぎて豆腐売り 谷村康志〉 - 東京新聞7月13日「東京俳壇」
・石田郷子選〈すり足に微かな風や夏点前 谷村康志〉 - 読売新聞7月15日「読売俳壇」
・矢島渚男選〈風鈴を吊るし不在の駐在所 谷村康志〉 - 毎日新聞7月15日「毎日俳壇」
・西村和子選〈夏蝶の二羽睦まじく女人堂 谷村康志〉 - 産経新聞7月17日「産経俳壇」
・対馬康子選〈梅雨晴や家の周りを旅の母 谷村康志〉 - 東京新聞7月20日「東京俳壇」
・小澤實選「特選」〈梅雨寒や庫裡の中よりピアノ曲 谷村康志〉=〈梅雨寒の日、寺の庫裏の中からピアノ曲が聞こえて来た。庫裏にピアノが据えてあるというところに驚きが生まれる〉と選評。 - 東京新聞7月20日「東京俳壇」
・石田郷子選〈江の島の暮色刻々ソーダ水 谷村康志〉 - 毎日新聞7月22日「毎日俳壇」
・片山由美子選〈夏草や工場跡地の売り看板 谷村康志〉 - 朝日新聞7月29日「朝日俳壇」
・小林貴子選「一席」〈干からびて死にたくはなし炎天下 谷村康志〉=〈ミミズが道で干からびているのを見るが、人間も熱中症にご注意を〉と選評。 - 朝日新聞8月3日「朝日俳壇」
・長谷川櫂選〈まつすぐな道のさみしさ道をしへ 渡邉隆〉 - 毎日新聞8月11日「毎日俳壇 戦後80年「戦争・平和」特集」
・西村和子選〈戦死者に国境のなき花火かな 北悠休〉 - 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)8月号の「俳句へのまなざし」(大西朋氏)が《新婚期過ぎをり浅蜊砂吐けり 内野義悠》を取り上げ、〈新婚期は三年位だろうか。そんな新婚期も過ぎれば浅蜊が砂を吐くように、お互いに言いたいことを言い合う。時には浅蜊の砂を嚙んだような気分になることもあるだろう〉と鑑賞。句は同誌6月号より。同欄はまた、《湯を抜いてバスタブに毛と春愁 百瀬一兎》を取り上げ、〈ごぼごぼと湯が吸い込まれ、その後バスタブに張り付いて残っている毛は、どこか恥ずかしく生々しく感じる。確かにそこには少しの愁いがある〉と鑑賞。句は「俳句」6月号より。
- 総合誌「俳句四季」(東京四季出版)8月号の「八月の名句」(千野千佳氏)が《きちかうや反物のまま五十年 岡田由季》をその一つに選び、〈一度も着物に仕立てられることなく、反物のまま五十年もの年月が過ぎた。事実を淡々と述べただけだが、読者はおのずと反物に感情移入する。反物は無念だろうか。それとも気楽なのかも。季語「きちかう」の古風で凜とした響きに、反物の矜持が表れているようでもある〉と鑑賞。句は句集『中くらゐの町』より。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)8月号の「合評鼎談」(守屋明俊氏・黒岩徳将氏・山西雅子氏)の中で、同誌6月号掲載の百瀬一兎作「また繋がる」について、〈山西「《春眠や窓にあの日のことこつん》 春の眠さの中に、とろとろと飲み込まれそうになっている。そこに夢か回想なのか分からない感覚の中で、〈こつん〉とぶつかる何か。現実でいうと鳥でしょうか。窓を叩くような音が、〈あの日のこと〉なのか。悔恨も含んでいるようだけど、甘やかな感覚。不思議な句」、黒岩「作品の統一性がよく分からなかったけれど、一瞬ではない時間を摑まえる魅力がある。 《リビングに幾つかの闇サイネリア》 〈サイネリア〉も暗さに転じられる季語。〈幾つかの闇〉も不穏。もしかしたら、そこに集う家族一つ一つも闇を纏っているのか。〈サイネリア〉があるから、そこに〈闇〉を思ったのかもという順序も考えられる。「おやっ?」と思える魅力があった」、守屋「《イヤホンを外して春とまた繋がる》 「耳を塞いで俺らは嘘の世界の中」という訳詞のあるロッド・スチュワートの昔の歌を先ず思った。この句の若い作者はそんな深刻なことを謳ったのではないのでしょうが、イヤホンで耳を塞いで世界と断絶していた。でもイヤホンを外した途端に、下界の騒々しさが耳に飛び込み、また世界と繋がった。〈春とまた繋がる〉ですから、囀や春の光といったものを感じ始めたのかもしれない。明るい〈春〉を持ってきたところに非凡さを感じました」、山西「安心感のある句。イヤホンをつけている間は〈春〉と断絶しているけど、外すとまた繋がれると思えるのは、とてもホッとすることではないでしょうか」〉と合評。
- 結社誌「香雨」(片山由美子主宰)8月号の「現代俳句を読む」(森瑞穂氏)が《梨の水けふを終へるに足らぬ通話 内野義悠》を取り上げ、〈友人などに今日あったことを電話で話している場面だろう。話したいことがたくさんありすぎて、なかなか電話を切ることが出来ないでいる。もしかしたらこの友人は今日会っていた人か。帰宅してもまだ話し足りなくて電話をかけてしまったのかもしれない。梨のあふれる果汁が一日の充実感を物語っている。下五の字余りが話し足りなさを表出させる効果を持つ〉と鑑賞。句は「俳句四季」6月号より。
- 結社誌「春耕」(蟇目良雨主宰)8月号の「鑑賞「現代の俳句」」(田中里香氏)が《反対の車窓に海やレモン水 内野義悠》を取り上げ、〈窓を背にして横並びに座るロングシートの反対側の車窓ということは、真正面に海が見えているということ。レモン水という季語が全てを物語ってくれる。真正面に海を眺めながら、小さな旅気分。手には冷たいレモン水。夏の海はきらきらと眩しく輝き、水滴を帯びたボトルの中のレモン水も光る。爽快感が伝わってくる〉と鑑賞。
- 総合誌「俳句」(角川文化振興財団)8月号付録『季寄せを兼ねた俳句手帖2025〈秋〉』が《母待てる花野へ道連れいらぬ旅 三輪初子》《母の買ひし岐阜提灯を母に点け 氏家美代子》《長堤にバケツの並ぶ鯊日和 上田信隆》を採録。