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時評 俳句の海を耕す

時評 俳句の海を耕す②

誤読と正読のあはひ

炎環誌 2026年2月号より

西川 火尖

 前回、「海が歴史であります」をはじめとするカリブ海詩と俳句の共通点について触れた。特にカリブ海詩・文学に特徴的な想像的/創造的アプローチという視点が、「庶民の詩」という形で俳句にも備わっていることが楠本奇蹄の句を例に確認できたのは大きな収穫だったと思う。俳句もまた想像的/創造的アプローチによって流動的で多面的な「見えない声の響き」を拾い上げ「あり得ぬ記憶の暗がりの部分」を照らすのだ。
 ところで、このアプローチは俳句を作る場合に限った話だろうか。今回は俳句を受け取る側の想像性と創造性について、十月に出版されたばかりの、マンガと俳句のコラボレーション作品『あはひの季』(竹ノ内ひとみ 滔滔社 2025)を通して考えていきたいと思う。なお、作中の俳句はマンガ掲載時の形に従い作者名を省き、文末の引用欄に作者名を記載する。

 『あはひの季』は、マンガ家である竹ノ内ひとみが俳人たちと季節ごとに吟行句会を行い、そこで作られた句をもとに描いた創作マンガ(俳マンガ)と、その制作過程を描いたエッセイマンガ、吟行句の三部構成となっている。
 制作エッセイによると、俳マンガは竹ノ内が吟行句会ごとに十六句を選句し並べ替えながら「つなげて創造して」「当日のことを思い出しながら現実と想像を行ったり来たりして核となるイメージを探って」(P205)一本の漫画にしたものだ。
 特に冬の章の「俳マンガ 横浜」は竹ノ内の想像性と創造性が分かりやすく出ているので、いくつか句をあげて行きたいと思う。

母子像のまなざし近く春隣 (P166)

 「俳マンガ 横浜」はこの句から始まる。制作エッセイと照らし合わせると、母子像は港の見える丘公園の「愛の母子像」で、一九七七年の米軍機墜落事件で死傷した遺族の寄贈により設置されたものである。竹ノ内はそこから開放的なイメージの横浜に潜む戦争の影を敏感に感じ取り、マンガ制作を進める中で横浜が第二次世界大戦で大きな空襲に遭ったことを知る。母子像→米軍機墜落事件→横浜大空襲へと思索を深め、戦争をイメージの核としたストーリー展開が決定づけられる。
 実際、マンガでは、空襲から避難し身を寄せ合う母子が描かれ、その母子がそのまま石像化するという演出が施されている。この時点で母子像は米軍機墜落事件という現実を離れ、竹ノ内の想像力により戦時下の母子像として創造し直される。

出航の汽笛かすかに日向ぼこ (P178)

 おそらく当日の吟行句会ではのんびりとした景として鑑賞されたはずのこの句も、竹ノ内のマンガでは海をゆく船が突然爆撃されるシーンとして描かれる。それを丘の上のテラスから謎の少年少女が冷めた目で眺めており、物語の創造性が加速していく。少年少女の少し物憂い日常然とした雰囲気、異物感が、このマンガに対する「日向ぼこ」の異物感に通じており、この句とマンガの組み合わせを成立させている。

 一方で、「出航の汽笛」の句から船の爆撃シーンを想像することは正直かなり難しい。それは

公園の地図に日なたや冬の蠅 (P176)
暮れてゆく海点々と浮寝鳥 (P184)

 などの他の句も同様で「母子像」句のような例外を除き、俳句単体では戦争を想起させる手がかりがほとんどないからだ。
 ではどうやって竹ノ内は「俳マンガ 横浜」を描き得たのだろうか。マンガの制作過程で横浜という土地に刻まれた戦争の影を見つけた竹ノ内は、おそらく俳句を点ではなく、それぞれが土地と強く結びついた存在として想像/創造的に受け取り直すことで、俳句を流動的・多面的に解釈し「俳マンガ 横浜」のストーリーになったのではないだろうか。

 カリブ海、西インド諸島のマルティニーク出身の作家・詩人のエドゥアール・グリッサンは、「土地や環境、地理といった物理的な空間に、そこで生活を営んでいた人々の記憶が刻みこまれているという考えを「風景の詩学」と呼び、「風景は時代の記憶を保っている」と語って」いる。*1
 竹ノ内は俳句に想像的/創造的にアプローチし、流動的で多面的な「土地の記憶」を創造的に引き出すことで「見えない声の響き」を拾い上げ「あり得ぬ記憶の暗がりの部分」を照らし出し、マンガ化した。それは俳句の解釈の部分においては一般に誤読や深読みと呼ばれるものかもしれない。しかし果たして「正読」と「誤読」の間に線を引くことは可能だろうか。可能だとして「正読」の固定的で決定的な直線への収束を目指すのみでは、俳句は俳句としての豊かさを保てないのではないか。『あはひの季』の帯には「人と自然、言葉と絵、間を行きかう想像と創造のコミック」と書かれている。俳句を読むこともまた「あはひ」のうちにあるのだろう。

参考・引用文献
俳句『あはひの季』より
母子像のまなざし近く春隣 (P166)
出航の汽笛かすかに日向ぼこ (P178)
公園の地図に日なたや冬の蠅 (P176)
暮れてゆく海点々と浮寝鳥 (P184)

*1『君たちの記念碑はどこにある?カリブ海の〈記憶の詩学〉』中村達 P331 柏書房 2025